特別番組「にしおのひと」

番組では、新西尾市に住む様々な立場の方を取材・インタビューし、新西尾市に寄せる期待や思いを語っていただきます。登場される方は100名近く。例えば西尾市在住の画家、齊藤吾朗さん、西尾市グルメ研究会のみなさん、西尾幼稚園年長組のみなさん、佐久島小学校のみなさんなど。

高浜南中えんちょこ獅子クラブ

県無形民俗文化財に指定されている高浜市のえんちょこ獅子。その伝統継承にと、高浜南中学校ではえんちょこ獅子クラブが特別部活動として活動をしている。そのアクロバティックな獅子舞は見ていても迫力があり、面白い。今回は新3年生となっての初舞台を踏む生徒と保存会・野口さんのドキュメントをご覧いただきます。

岩瀬文庫「本草図説」

本草とは古代中国の薬草学に端を発する学問で、のちに植物以外の自然産物へも対象が広がり、それらの形態や性質などを研究する博物学へと発展しました。『本草図説』は、江戸は目黒の本草家・高木春山たかぎしゅんざん(?~1852)が、20年以上の歳月と莫大な私財を傾注して作成した、全195巻にも及ぶ江戸時代”カラー博物図鑑”です。

岩瀬文庫「関東下向道中記」

お公家(くげ)さんは実に筆まめに日記や記録を書き残しています。家職や故実(こじつ)について、当人の備忘のみならず、子孫のためにも書き残すことが公家当主の責務の一つだったからです。 岩瀬文庫には柳原家の日記や記録類がたくさん収蔵されています。本書は、武家伝奏(ぶけてんそう/幕府の意見を朝廷に取り次ぐ役職)を務めた柳原資廉(やなぎはらすけかど)が記した日記です。

岩瀬文庫「後奈良天皇宸翰般若心経」

紺紙金地金罫。疫病・兵乱・飢饉がうち続く中、後奈良天王が天文9年(1540)に国家の平安を祈念して般若心経を書写し、諸国の一宮に奉納することを発願した。その数は24ヶ国にのぼったが、現存するのは阿波・伊豆・甲斐などの7ヶ国のみが知られる。本資料はそのうちの三河国の巻で、岩瀬文庫創立者の岩瀬弥助が京都の古書店から購入したもの。

吉良遺産「三十六歌仙絵巻」

寛文3年、1663年以降、花岳寺に吉良上野介義央公が寄進した絵巻です。歌は大和絵様の歌仙画に前内大臣大炊御門経孝が揮毫したものであることが奥書の署名よりわかります。現在は紙継部分がはがれ、5メートルほどのものが14枚の断簡になっています。

エリア政経MOVEMENT「激動!教育新時代」

教育はどこに向かっていくのか、先生は何を目指しているのか・・・。今回のエリア政経MOVEMENTでは「激動!教育新時代」と題して、愛知教育大学の教職大学院に通う現役教諭に密着。学校作りや、授業づくりなどについて研究し、学校にフィードバックする様子を追いかけます。

岩瀬文庫「茶道具之記」

天正3年、1575年10月頃に織田信長が全国の名物茶道具の調査を命じます。信長は京や堺の名物茶器を徹底して買い上げたり、恩賞として家臣へ与えるなど、茶道具を富と権力の象徴として戦略的に利用しています。本書は「天正3年名物記」の写本にあたりますが、全国にこの1冊しか知られていません。

岩瀬文庫「江戸流行料理通」

享保2年、1717年に創業、新鳥越2丁目、今の台東区今戸2丁目、東浅草1丁目付近に所在した江戸を代表する料理屋である八百善。ここは幕末にかのペリーの接待の料理を受け持ったことでも知られています。これはその四代目主人が著した料理本です。

池田夫妻

夫婦で油絵を描き続ける池田さん。その作風からは繊細な人柄が見えてきます。家族に支えられながら現役で描き続ける池田さん夫妻の姿に迫ります。

岩瀬文庫「芸藩土産図」

八代将軍徳川吉宗によって推進された事業の一つ「諸国産物調べ」により作成された、安芸・備後両国を納めた浅野家家中、広島藩の報告書の控えです。よく読んでみると面白い事実が隠されています。

岩瀬文庫「八盃豆腐」

「八盃豆腐」とは短冊状に切ったお豆腐をだし汁で煮て、大根おろしをかけて食べる簡単な料理の名前です。とはいえこの本はお料理の本ではありません。この本は武士の振る舞いかたを指南する、マニュアル本です。

岩瀬文庫「最新洋菓子の調製」

明治45年、1912年に東京の赤堀料理教場、現在の赤堀料理学園から出版された洋菓子の料理本です。この赤堀料理教場は日本で最初に家庭料理を教える学校として創設され、明治35年には割烹着を考案したことでも知られています。

岩瀬文庫「諸國名物御前菓子秘伝抄」

享保3年、1718年に京都の水玉堂梅村市郎兵衛によって刊行された、日本で最初の菓子製法書です。本書にはカステラ、ぼうろなどの南蛮渡来の菓子やちまき、柏餅など日本古来の菓子、宗久餅など茶人好みの菓子など実に105種類もの菓子の製法が簡潔に記載されています。

岩瀬文庫「西鶴文反古」

一通の書簡に短い評をつけた短編17編からなっている書簡体小説。西鶴の死後3年、元禄9年に刊行されました。西鶴はこの中で様々な人間模様を手紙のやりとりの中に表現しています。

芸術母娘

吉良町を中心に活動している、画家の加古千恵子さんとその娘で陶芸家の若菜さん母娘。二人の活動を通して「親子」や「芸術」、「地域」など見つめるドキュメンタリー。