企画に流す音楽についてあれこれ考えてみた


テレビ番組など私自身の作家性が特に問われない(と私自身は考えているが)映像につける音楽。
つまり音効なのだが、これが実に難しい。
今現在MAは私が自分で行っているのでどうしても一人よがりな作品ができあがる傾向にある。取材、構成台本、演出、撮影、編集、MA、、、いかにもやりすぎだ。本来テレビ番組は分業なのだ。だからこそフラットな面白さというか、癖のない見やすい作品が出来上がる。総合芸術的。
私の場合、その分業がほとんどない仕事がある(予算の都合上)。
だからエゴの塊が作品となり昇華される。のだと思う。
自主制作の世界ならなんら問題がない。とことん自分の世界を見るものに訴求できる。主張しまくれる。ごり押しだっていい。
しかしテレビは別だ。
平均的、最大公約数的な面白さが追及される。だからこそ分業制度が発展してきたのだろう。そんななかでテレビ番組をほぼ一人でやりきることはかなり辛いのだ。自分の意識を「テレビ的」な面白さに偏向することが難しい。
私自身音楽が好きだからどうしても凝った音をつけたくなってしまうのだ。あぁ。エゴとの闘い。
映像はある程度自分の演出経験でカバーできる部分が多い。しかしMAは全く別だ。経験値がないのだ。自分で探りながら上を目指すしかないのだ。
あぁ、ジレンマ。

コメント

  1. sin より:

    えっ?
    今回、音効まで自分でやるの?
    出さないの?
    ヨサンノツゴウジョウ?
    世知辛い。。。

  2. カントク より:

    いえいえ。アメリカものは音効いますよ。問題ないです。問題にしているのはレギュラー番組のことです。。。
    はぁ。