人として正しいか

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本日は取材でデンソー女子バレーボールチーム「エアリービーズ」の練習にお邪魔した。エアリービーズは今年のVリーグ準優勝チームだ。以前までは入れ替え戦も経験する低迷チームとしてあまり脚光を浴びることもなかったというが、今年は一気に花開いた。ブロックはリーグ1位、サーブレシーブは2位というからスゴイ。
そのエアリービーズを率いるのは今年2年目の達川監督。監督はユニチカ、東レを育てた名将として知られている。
その監督に聞いてみた。「チーム育成のポイントとは?」
「とにかく『一生懸命』。基本をしっかり教えること」
基本とは「人としての生き方」を含めた基本のこと。人間として生き方が恥ずかしい人は駄目だと。それは私生活からしてすべてそうなのだ。そこが曲がると全てが駄目になる。必然、弱いチームになる。
練習を見学しているとあることに気がついた。同じ場にいると時々「ぞわっ」とする感覚を体験するのだ。この「ぞわっ」は「気」みたいなものかもしれない。別に普通に練習しているだけなのに何故か見ていて泣きそうになるのだ。言葉にするのは非常に難しいが、こうした体験は何度かある。
人と人が真剣にぶつかり合う時、そこに何かが湧き出ているのかもしれない。そしてそうした場を共有することで人やチームは育つのかもしれないと感じた。その方法はいろいろあるのだろうが、エアリービーズの場合、それは「基本の徹底」を軸にした真剣な気持ちのぶつかり合いだろう。だから一生懸命。
チームリーダーは『人生の師』でなければならない。
人間として尊敬されるべき人間が放つ感情、叱咤、激励、愛、、、。真剣に相手のことを考え、本気で怒って本気で笑う。人間として尊敬できるような人が自分に対して真剣に接してくれる時、当然こちらも真剣に接し応える。更にその状況での、怒るとき、笑うときのの間合いが絶妙なタイミングでやってくるとすれば…。
これは誰にでもできることではない。